俺は、あのツイートをRTしたヤツ、って周りから思われたくないからあれには参加しなかった。
100万円欲しがってるんだ~、とか、困ってるのかな?とか思われたくない。
というか、かっこよく言うと、自分の中に何かしらのプライドがあったからRTしなかった。
爆笑の太田もラジオで、あれは下品だ、って言ってたり、東浩紀さんも苦言を呈してて、やっぱり俺が好きだな~って思ってる人はあんまりあの100万円の事を良く思ってないよね!、って思って。
でも現実は、500万人以上の人がアレをRTしたわけで、そ~考えると人には色んな考え方があるんだなって改めて思った。
(もちろんあのツイートはニュースにもなるほどの結構な祭りだったし、お金がほしいって言うより遊び半分でネタでRTした人もたくさんいると思うけど、言うて半分以上の人は100万円がほしくてRTしたんじゃないかな・・・?)
で、東浩紀さんの文章がいろいろ考えさせられた。
#東浩紀 氏— たけたけ (@taketake1w) 2019年1月14日
某大手企業代表の100万円プレゼント企画
「批判すべきなのは、この企画が人間のどうしようもない弱さを強調するものでしかないからだ
問題は富の格差そのものではない。富の格差が問題になるのは、それが人々相互の敬意を蝕む時だ。今の日本はそうなり始めている」#ゲンロン pic.twitter.com/qqacfIBhey
ハッとしたのはここ
問題は富の格差そのものではない。富の格差が問題になるのは、それが人々相互の敬意を蝕む時だ。
これがどういう事かというと、
お金のある無し
が
人間として上か下か
とイコールの意味になってしまう、って事だと思う。
お金があるヤツの方が偉い。
貧乏人は人間として下。
それが通用しちゃうと、
貧乏は金持ちの言うことを聞け
貧乏人は黙れ
みたいな事になる。
でもさ、人間の価値ってお金だけじゃないやん。
俺が何かしらのプライドでRTしなかったのは、心の中では「俺だって前澤さんに負けちゃねーぜ!」って思ってるからだと思う。根拠はないけど、そう思うのがプライド。
100万円くれてやるから靴をなめろ、って言われても、なめたくないでしょ。
別になめてもいいけど。
しかもさぁ、今回のこの件でめっちゃ引っ掛かるのが、ランダムで100万円が当選するならまだしも、実際は使いみちをツイートで書いてた人が当たったとかいうやん?
つまり、
「俺(金持ち)にとって気持ちのいい貧乏エピソードを話してくれた貧乏人を選んで100万円あげるからね~!金持ちの俺を楽しませてね!!!」
って事じゃん。
やばくね!???
靴舐めじゃん!!!!!!!!!!!!
まぁそういう感じ。