2019年1月17日木曜日

前澤さんの100万円のヤツ、まだちょこちょこ考えてる

前澤さんの100万円のヤツ、まだちょこちょこ考えてて・・・。

俺は、あのツイートをRTしたヤツ、って周りから思われたくないからあれには参加しなかった。
100万円欲しがってるんだ~、とか、困ってるのかな?とか思われたくない。
というか、かっこよく言うと、自分の中に何かしらのプライドがあったからRTしなかった。

爆笑の太田もラジオで、あれは下品だ、って言ってたり、東浩紀さんも苦言を呈してて、やっぱり俺が好きだな~って思ってる人はあんまりあの100万円の事を良く思ってないよね!、って思って。

でも現実は、500万人以上の人がアレをRTしたわけで、そ~考えると人には色んな考え方があるんだなって改めて思った。
(もちろんあのツイートはニュースにもなるほどの結構な祭りだったし、お金がほしいって言うより遊び半分でネタでRTした人もたくさんいると思うけど、言うて半分以上の人は100万円がほしくてRTしたんじゃないかな・・・?)



で、東浩紀さんの文章がいろいろ考えさせられた。


ハッとしたのはここ
問題は富の格差そのものではない。富の格差が問題になるのは、それが人々相互の敬意を蝕む時だ。 

これがどういう事かというと、
お金のある無し



人間として上か下か

とイコールの意味になってしまう、って事だと思う。

お金があるヤツの方が偉い。
貧乏人は人間として下。

それが通用しちゃうと、

貧乏は金持ちの言うことを聞け

貧乏人は黙れ

みたいな事になる。

でもさ、人間の価値ってお金だけじゃないやん。

俺が何かしらのプライドでRTしなかったのは、心の中では「俺だって前澤さんに負けちゃねーぜ!」って思ってるからだと思う。根拠はないけど、そう思うのがプライド。

100万円くれてやるから靴をなめろ、って言われても、なめたくないでしょ。
別になめてもいいけど。

しかもさぁ、今回のこの件でめっちゃ引っ掛かるのが、ランダムで100万円が当選するならまだしも、実際は使いみちをツイートで書いてた人が当たったとかいうやん?

つまり、

「俺(金持ち)にとって気持ちのいい貧乏エピソードを話してくれた貧乏人を選んで100万円あげるからね~!金持ちの俺を楽しませてね!!!」

って事じゃん。
やばくね!???

靴舐めじゃん!!!!!!!!!!!!

まぁそういう感じ。

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