2022年2月7日月曜日

心の余裕

 大学の同級生に俺の事を頭わるいと思ってたやつがいて、その時は特になんとも思ってなかったんだけどよー考えたら、そいつは大学浪人しまくってて俺は余裕で大学現役合格だし、20年後の今も、そいつは地方の地元に帰って工場みたいなとこで働いてるけど俺は東京で映像作家だし、全然俺の方が頭いいじゃーん。って今更おもった。

なんかキャラ的に面白いこと言ってたらボケ、ボケは頭悪い、っていう回路でそうなってたんかな。

俺は自分に自信があって自己肯定感がなんだかんだ高いから、雑魚キャラに何を言われても深く考えなかったし腹も立たなかったけど、クソザコからしたら俺みたいな才能あるっぽい奴を見たら自分の存在が否定されかねないって思っちゃうんだろうなーと。

でも大学ってわりとそういうところで、何者でもない奴らが必死で自分の立ち位置を模索してるんだよな。だからそういう事もしょうがなかったんだと思う。

かくいう俺だって情けない事にそういう醜い事はやりまくってきた。大学の終わり頃に彼女と別れたあとマジで全然モテなくて普通に会話もできなくて、最悪だった。やっぱねぇ、今から考えたらそりゃモテないわ!って事しか言ってなかった。サービス精神のかけらもなくて、ただただ自分のことを面白いと思って欲しい、伝わらないやつ受け入れないやつはみんな敵、みたいな。ほんとに馬鹿で可哀想。

でもしょうがない。何もなかったから、余裕がなかったから、誰にも何にも与えてあげられなかったんだよなー。空っぽで自信もなくてお金もなくてなんの結果も出てないから、自分自身がまず「俺の事を褒めてくれ!」ってなってたんだよな。だから誰のことも認められなかった。女の子の事をかわいいって褒めることすらできない。

でねー、バンド時代を経て一人でつくりはじめた映像が周囲に認められ始めてから、やっとモテ始めた(っていうわけじゃないけど友達がたくさんできた。)自信がついたし、結果も出てきたし、スッカスカでカラッカラだった心に、自信や結果という名の水が注がれ始めてやっと少しだけ「俺の事を褒めてくれ!」が減って、他人を受け入れるスペースができたのかもしれない。


なんにせよ他人を認めるにも心に余裕が無いと無理だよ。

あとね、当時は若かったから、他人のすべてを受け入れようとしてた面もあってそれで余計に余裕がなくなってた節もあったけどね。嫌なことも行ってくるけど友達だし、みたいな感じで受け入れてた。今だったら嫌な事言ってきた時点でこいつはもういらんってシャットアウトするからね。心の余裕を保つために断捨離するんだよ。まず自分のことを保つ。それができてからやっと他人に。

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