2016年12月11日日曜日

サブカルっていうかそういう系で

わい・・・この仕事が終わったらきっとマフィア3やるんや!!!
ゲームおもしろいから絶対Unity勉強してなんか作ろっと!

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tumblrで見つけた大槻ケンヂの『サブカルで食う』という本の書評がおもしろかった。

そこでは、サブカルで食うための端的なポイントとして
  • 食えるようになるまで実家にいる
  • 長く続ければ才能なくても中の下にはなれるから、なんとか月15万円稼げるようになるまで頑張る
  • 月15万円稼げるようになるまでの情熱は重要で、これがなければ始まらない

と言っていた。
簡潔でおもしろいね。


『食えるようになるまで実家にいる』っていうのは俺もホント重要だと思ってるんだけど、
これの意味するところはつまり、家賃を払うためにバイトする時間を極力なくすって事だと思う。

家賃を払うってのは当たり前の事のように見えて実はめちゃめちゃな負担で、特に東京なんかで家賃を払おうと思ったらバイトなんかじゃもう絶対カツカツの生活でしょ。サブカルとか創作活動をしながらだったらもう極貧って感じになるっしょ。
あのライムスターの宇多丸ですら30歳までは実家に住んでたっちゅうくらいだからね。
俺は働くのが嫌すぎて、家賃6年間滞納しつつ消費者金融やクレジットカードで借金しながら趣味で音楽作ったりアニメ映像作ったりしてた。

とにかく、家賃を払うためにバイトなんかしてたら、ホンッッットになんも出来ない。

バイトは即辞めるべき。
10年前に、俺が家賃滞納して借金しながら色々活動してるのを「全然ダメでしょ~。甘いですよ。みんな働きながらがんばってるんですからww。真面目にバイトしながらモノ作れよwww」ってバカにしてきた友達がいたけど、そいつは結果10年後の今でもまだバイトしてて「バイト辞めたいッスww」とか言ってるからね。。。

バイトor借金したくなきゃ、やっぱ実家っていうのがベストアンサー。実家バンザイ。

加えて、その実家が関東近郊にあるかどうかもめちゃくちゃ需要だと思う。
三重県やら鳥取県なんかにどれだけでかい実家があったとしても、ことサブカルで食っていくという事のためには正直ほぼ効果なさそうだし、結局は東京にいつでもアクセス出来る範囲に住んでいないと話にならんというのは俺の実感。


そう思うと単に『実家にいる』っつっても実は意外と恵まれてないと無理だね。
ハードルが高いよ。
(大槻ケンヂは中野区の野方出身だからこの気持ちはわからんと思うけど。。。ちなみに野方とは、ほぼ高円寺のこと。)


2点目の、『なんとか月15万円稼げるようになる』のもまたかなりハードルが高い。

俺はその京都家賃滞納時代は主にバンドなどの音楽を中心にやってたけど、月に15万なんて夢のまた夢。それどころか3万でも厳しかった。いや1万でも厳しかったかも。コンビニバイトでも4~5日働けば3万くらい軽いのに、音楽だと1ヶ月で3万も無理だった。いや、下手すりゃ収支で言うとマイナスだよ。
働いてもいなかったので、年収30万だった記憶がある。少なすぎて今でもひいてるもん。年収30万。
音楽で食っていくのマジでむずすぎるっしょ・・・。
ただ、音楽で食っていく方法は今でもわからないけど、当時の俺がダメだった理由ならわかる。失敗の最大の要因は、面白いことがやりたい、ということが、ただただ人と違う変なことをすればいいと変換されてしまっていた事だ。(ここテストに出るよ!!!!MDNで玉屋さんと対談したときもこの問題が話題に上がったからね!!!)
お客さんがどういうのを求めてるのだろうか、なんて、1ミリも思いつかなかったほどの未熟者だった。

ちなみに映像では、なんのアテもなく東京に引っ越して来たその瞬間から食えるようになったので、やっぱ東京力強いねん。映像人口が音楽人口よりもだいぶ少なかったというのもあるだろうけど。あとはまぁ結婚したのもデカかったけど。
ありがとうございます~。


んでラストの『月15万円稼げるようになるまでの情熱は重要で、これがなければ始まらない』っていうの。。。これがほんとにもう・・・ね・・・。
結局、なんだかんだで、俺が今まで見てきて確信している事は、


実家に住んでようが家賃を滞納して借金しまくって暮らそうが彼女のヒモになって10年間お小遣いもらいながら食わせて貰おうが、

やる奴は最初っからやってるし、どんな方法をとってでもやる。
やらん奴は、いくらチャンスを与えられても、いつまでたっても、何があっても、絶っっっ対やらない。

って事。


俺はまだあの頃を引きずっているからいまだに何度も何度もこの話をしてるんだろうな。正直、売れてる人や上にいる人はこんな話なんかせーへん。やっぱあの頃が、トラウマというか青春というか、やっぱり、ドン底だったから誰も相手にしてくれなかった事は今もムカついているし、あの頃京都で俺よりも評価されていた友達なんか今何してるってほんと全然聞かないし、やっぱり俺のほうが才能があったじゃねえか!っていう恨み節。。。でもバンドとかがなくなって一人でやってた時はガチで無茶苦茶だったからほんとに楽しかった。自分らしく出来ることの喜びがあった。



あと最後に付け加えるなら、目標が重要だね。
サブカルとか創作活動って、何をどうやれば食っていけるようになるのか全然わからないけど、目標がありさえすれば、少なくともそこにどうやって行こうかを考えることはできるし、俺の言霊理論(目標を口にするだけで勝手にそれが叶うという、とても画期的な相対性理論)も有効化されるから、とにかく目標だな。言ってたら何とかなる。




・・・ってゆうか、大槻ケンヂってさぁ・・・、10代で筋肉少女帯を組んで、ケラに認められてナゴムで人気が出て、20歳そこそこでメジャーデビュー、本を書いたらあの『グミ・チョコレート・パイン』だし、はっきり言って単なる天才だから全然参考にならんwww
最初っから正解に辿り着いてて、いきなり頭角を現してるんやもんwww
すごすぎるwww



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