2016年4月8日金曜日

書くだけ書いて投稿していない日記が300くらいあるんだけど、その1 納得

今日テレビを見ていると、戦時中の日本軍の話を当時兵隊さんだったおじいちゃんがしていておそろしかった。そのおじいちゃんが所属していた部隊では7割が死んでしまったんだけど、実際の戦いで死んだのはそのうちたった3割で、残りの7割は戦病死、つまり疲労やら餓死やら病気やら自殺やらで、殺されるのとは違う理由の死に方をしていたとのこと。映画の野火とか八甲田山とか、特攻隊、沖縄戦の集団自決、または、前の震災で津波が来てるのにグラウンドで生徒たちを待機させてそのほとんどを死なせてしまった教師、すんげー日本っぽい、と思う。いとも簡単に思考が停止して、根性論と同調圧力が人を殺すレベルまですぐいっちゃう感じ。怖すぎる。。。





小中高のときに何人かのイヤな先生に当たったせいでいまだに教師というものが吐き気がするほど嫌いで、特に嫌いなのは理不尽なことでキレたり殴ったりしてくる点。トラウマ、っていうほどでも無いのだけど、ずーーーっと納得がいってないままのことが幾つかある。
例えば、修学旅行の夜に、友達と部屋で遊ぶやん?そしたら先生って見回りに来てキレてきたと思うんだけど、それがいまだに納得がいっていない。なぜ怒られないといけなかったのか。悪いことをしたから怒ったのか。もちろん、俺達が囚人なら怒鳴られてもしょうがないが、実際はただの高校生だった。しかし先生達は実際に怒鳴ってきた。つまり看守の気分だったということだ。夜、部屋を見まわる先生達を見て俺が思ったのは、映画の『es』でも有名な”スタンフォード監獄実験”にもある通り、人は役割と権力を与えられると歯止めが効かない、看守役を与えられた者は短期間でより看守らしくなっていく、という事だ。夜、部屋を見まわるというまさに看守の役目をおった先生はいともたやすくそうなって、俺達のことを囚人だと思って怒鳴りつけて回っていた。
だけど、実際の俺たちはただ単に修学旅行という一生に一度の楽しい旅行を満喫しようと必死で、トランプをしようか枕投げをしようかおしゃべりをしようか、とにかくはしゃいでいるただの高校生で、囚人なんかでは無かった。しかし先生は看守になってしまっているので起こり散らすのだが、寝てなくてトランプしてて何が悪いことになるのだろうか。翌日眠いとか?それがなんなんだろう。一応、”修学”旅行という遊びだけの旅行では無い、という名目成り立つかもしれないが、そんなの建前で、事実上はその学年で思い出作りの旅行をしよう、くらいのモノである。そして、修学旅行の夜に友達と遊んだり語り合ったりすることが一生の思い出の1つになったりするものだ。
したがって、夜に遊んでて先生に見回りに来られて怒鳴られないといけない理由は無い、というのが俺の意見だ。

これだけじゃない。他にも理不尽な思い出はいろいろある。

とにかく、学校の先生ほど話の通じない人間はいない。
意見を言うとすぐにキレる。
やばすぎる。

それがいまだに納得がいってない。
誰でもいいから俺に納得の行く説明するなり、あの時は悪かったと謝罪するなりしてくれないと、俺はずっと許せない。



納得は全てに勝る、とジャイロ・ツェペリも言ってるが、おれは納得がいってないのに怒られたり悪いことにされたりバカにされたりするのは許せない。おれだって、修学旅行の夜に起きて遊んでいたら先生が怒ることはわかっている。でも、なぜ怒るのか、その理由に納得がいってないから未だに許せないのだ。ダメだからダメ、では何も納得がいかない。


今まで生きてきた三十数年の間に出会った中で一番理不尽な人間が、教師という奴らだ。
まともなヤツが居なさすぎて恐ろしい。
一般社会に出て、あそこまでむちゃくちゃなヤツらにはほんとに出会ったことがないもんなぁ。

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