2015年10月31日土曜日

んで

ってableton liveをいじりはじめたその刹那・・・
FL Studioがmacにも対応しつつあるとの情報が耳に入り・・・
またもや迷い中。。。

どっちも使い方わかんないのは一緒だし、本当はliveよりFLの方が使いたいので一転そっちをちょこちょこいじってみている。
聞くところによるとFL Studioは、日本ではボカロ系の人達が、海外ではEDM系の人達がよく使っているそうなので、なんだか楽しそう。
とはいうものの、liveだろうがFLだろうがcubaseだろうがどのソフトを使おうが作れるものに大差なんて無く、結局はソフトとの相性の問題なのだ。

CGの時もMAYAやら3ds Maxやらでかなり色々触ってみて、結果MAYAが一番しっくりきたんだけど、かなり延々と試した。色んなソフトでモデリングからリギング、アニメーション、レンダリングまでやってみて、って感じだったので時間がかかった。ちなみに今は、モデリングがMAYAとZbrush、アニメーション(キャラ)がMAYAとmotion builder、マッチムーブはsyntheyesで、それら背景やらとの合成やレンダリングがcinema 4Dという、あっちこっち行ったり来たりの複雑めんどくさい系なあれだが、自分にとってはコレが一番作りやすいという。


んで今日1日FL Studioをいじってたらなんとな~~~く少しだけわかってきた。
10年前のacidをずっと使ってきた身からすると今時のDAWは様々な部分が親切になっていて作りやすくなっている。

2015年10月30日金曜日

そういえば長らく曲作ってないな~と思って、そう思ったらうわ~~~作りたくなってきた~~~!!!!

(実は俺、こうみえて、ミュージシャンでもあったのだ。なんとあのALTZさんのレーベルから12インチもリリースされたのだからミュージシャンと言ってもいいと思う。。。フハハハ!!!!テクニークのトランスチャートで瞬間最高2位だからさ。フハハハは~~。。。)


で、機材買った。



😁😳✨渉太 坂本 ✨😆😊さん(@shotasakamoto)が投稿した写真 -



MIDI鍵はちゃんと最低でも49鍵とかあるのを買ったほうが良いのだろうけど、昔80鍵くらいあるでかいやつを買って、でも常に音楽をやるわけじゃないからこのでかすぎるキーボードを毎回セッティングして終わったら片付けて、またやりたくなったらセッティグして終わったら片付けて、って毎回でっかいのを移動させるのがイヤでやる気が一瞬でなくなった。
だから一瞬で横にどかせられるようなサイズで、つまみとかもいくつかあるものにした。
AKAI MPK mini MK2というやつで12000円。
届いて机においてみたけど、やっぱ25鍵で必要十分だった。
良かった。いぇい!
で、おーディおインターフェースは、コンデンサーマイクもいけてmacでもwinでも使えて一応MIDIもある(今時MIDIで同期なんて絶対しないから本当はいらないんだけど)ものの中で探した。
ROLAND DUO-CAPTURE EX UA-22というので13000円くらい。
サウンドハウスのレビューでphonesの出力が小さすぎてモニターできねーとか言ってる人がチラホラ居たけど、何のことを言ってんだ?っていうくらいちゃんと鳴りました。
どっちもほんと安くてお買い得だった。

今までは曲をacidで作ってたんだけど、それもやめて、FL studioかableton liveかどっちかにしようと思ってて、今のところはmacでも使うかもしれないのでliveでやってみようと思っている。
昔はacidで、オーディオインターフェースもMIDI鍵も持たずにマウスでピアノロールにポチポチやって作ってたのでクッソめんどくさかったけど、さっきliveで試しにMIDI鍵でリアルタイムに打ち込んでみたらクッソやりやすかった。
ちょっとずれてもクォンタイズでピチっと揃えられるので気兼ねなく録音できる。

ソフトシンセやらドラムののサンプルやらを入れて、ま色々やってみよう。

2015年10月28日水曜日

宇宙モノの映画は楽しいね。
オデッセイとかむちゃくちゃ楽しみ。公開が来年の2月とか絶対待てない。

2015年10月27日火曜日



サイタマノラッパーのラストシーンは何回見ても毎回大号泣してしまって、ちきしょうみたいな、友情みたいな、夢みたいな、大声で叫びたい心の底に閉じ込めてた音とクッソしょうもない自分、だけどダサくても叫ぶ、そういうのが、たまらない。

埼玉の、その中でも特に田舎で、ラップとかいってやってても全然しょうもなくて、でもちょっとだけ本気で”コイツらと”、”東京”とか”アメリカ”で、とか思ってる。そのちょっとだけ本気の部分はマジでダサすぎるから出したくないんだけど、最後に叫ぶんだよ!!!本音を!!!!!!!
だから泣けるんだろ。本音だから。このクソ馬鹿野郎が!!!!!!

まぁでも今見たら、もうそういうのなんて俺の中になくなってるだろうから泣いたりしないだろうな~。。。という予想があったんだけど、やっぱりめちゃめちゃ泣けたww。。
この曲とかほんとにいまだに最高過ぎ。

なんかねぇ、やっぱENGAWAとか作ってる時ってほんとに「鬼が餅つきする、うわ~~最高!!!」とか爆笑しながら作ってて、自分が作ったもので気に入ってるのってあんまり無いんだけど、やっぱりどれも笑いながらすげー!って言いながら作ってる。
まずは第一の観客としての自分を楽しませられるようなものを作る。

媚びるとかこんなもんでしょとか、ほんとに無いから。

クソったれ、と、自分への戒めに。。。

2015年10月26日月曜日

「◯◯やりたい」って言って半年も一年も経ってるのにやってないのは、本当はやりたくない事なのだ、っていうのがあって、確かにそうだと思う。

今年の初めのラジオで2015年の抱負を言っている中でオレは、『個性と無個性、柄、アプリ』ってな感じのことを確か言っていて、『個性と無個性』と『柄』っていうのは少しずつ出来てきていると思うんだけど、アプリに関しては、結局ちょっとも進まなかったなぁ。。。

本を2冊も買ったのに全くやってないし。。。

情けない!!!!!!!

アプリも結局しょっぱなから難しいことしようとしすぎてた。

でも実写はやりたいっつってちょこちょこやったよ。こっちも難しすぎたけど・・・。
またやりたい。

2015年10月25日日曜日

CG

最近見た映像で一番衝撃を受けたのがコレ




コレもめちゃくちゃ良い。最高すぎる。素晴らしい。



コレもかっこいい。どうなってるんだ。


SFMというソフトで作ってるらしいのだが、とにかくよくわからない。

カナダの人が作っているらしく、IDから察するに1991年生まれでちょうど俺の10個下・・・。すごい。まぁこういう天才みたいな人は20代までに活躍してるよ。多分そういう頃が一番センスと勢いと技術が炸裂して疾走できるのだろう。ミュージシャンで売れてる人なんてみんな10~20代の時に作った曲で売れてるもんな~。


2015年10月21日水曜日

編集も終わって追加カットも撮影してMV出来た。
お気に入りだがさてどうだか。
今までで一番、手探りで、ノリだけで、作った。
いや最近アップしたヘグシオのSUMOみたいな感じか。

2015年10月18日日曜日

俺がドラマーだったからって一段下に見てたんだろうな・・・。
(この問題についても、今後書いていく)
そう考えればすべて合点がいく感じがする。




んなことは置いといて、今はMVを作っている。編集しまくり。

2015年10月17日土曜日

せぐざいる

せぐざいるをやめることにしたら、3人くらいのリスナーの方が「終わっちゃった・・・」って残念そうにしてくれた。今まで色んな人が聞いてくれたりしてたのでなかなか面白かったし自分としては結構好きな活動だった。

終わった顛末としては、1人が「やる気ない」といったので、「じゃあオレ1人でやるか」と思ったけどやっぱり1人じゃアレだったので残ったもう一人を誘ってみたら、やる気ないと言った人に筋を通したいからちゃんとひとこと言ってからやりたい、と言ったのでオレが「やる気ないっつって辞めたヤツに筋なんか通さなくていい!!!!!!!」とか言ってブチ切れて「それだったらもういい!」となって終わり、、、みたいな。こう書くとオレだけがめっちゃわがままなヤツに思えるけど、オレ的には、そういう筋を通す系のしがらみって昔からしょっちゅうあって、それが何かをやろうとするときの制限にしかならないし何もかもを楽しくなくさせる原因だと思っていたので、その負の連鎖を絶対に拒絶したかったのだった。(今は、形の上だけ筋を通してあとは勝手にやる、ってことにすればよかったのでは、とか思ってるけど。。。(汗)ま~でも続かないか~。)

せぐざいるの特に後期は「そろそろやりませんか?」って毎回声かけてたのも俺しかいなかったし、録音・配信・編集・サーバーへのアップロードからitunesのpodcastに反映するためのxmlを書いたりtwitterに告知したりまで全部オレ一人でやっていたので、他のメンバーは結局他人事だったんだろうな~と思う。お願いされたから渉太に付き合ってあげてるだけ、みたいな。

でもさ、月に1回3人でスカイプするだけのことで「オレはやる気なかった」とかなるんだから、まぁ他のことも、推して知るべしだよな。ここでやめといて逆によかったと思う。

ほんと昔のオレはバカで情けなくて可哀想。時間もったいなかった~~~。

タイのおみやげはやりますので。

2015年10月16日金曜日

人生のコツ

昨日は椎名林檎のライブツアー「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」の2日目のオリンパスホール八王子に行ってきた!!というのも、このライブのライブ用映像を一曲作ったのだ!!テーマが椎名林檎と百鬼夜行という事で、歌川国芳のドクロが春画のセリフを呟きまくって妖怪たちが一斉に走るみたいな映像にした!!!!めちゃお気に入り。

ライブの感想は、、、もうマジで椎名林檎、最高にかっこよすぎた。凄い。
ただ、映像を実際にステージ上のでかいLEDで見てみると、27インチのPCモニタで作ってたのとはバランスが全然違って、あ~修正しよう、って思った。

終わった後、児玉さん(映像作家でMV界最強の1人でCMもたくさん手掛けていて椎名林檎の旦那さんでもある人 このPVとか神です)のはからいで椎名林檎さんにも挨拶できて嬉しかった。ご夫婦でENGAWAも見てくれたとのこと。マジやばくね?


児玉さんとかすごいほめてくれるから、なんでなんだろう、すげ~な~とか思うんだけど、そういえば売れてる系の人って褒める人多いなー。ファンタジスタ歌磨呂さんとかもそうだったし。その共通点は何なんだろうと考えたんだけど、おそらくそれは誰でも彼でも褒めるっていうわけではなくむしろ『褒めたい人と会う』ってことなんじゃないかと。褒めたい人というのはつまりおもしろいと思ってたりすごいと思っている人だったり自分の興味の有る人の事だから、そういう人と出会えば、自分にも返ってくるモノが多く、仕事にも繋がって、それで売れていくのかなぁ、とか思った。
オレが「京都は嫉妬と足の引っ張り合いがすさまじい(泣)」とか悩んでた間に、売れてる人はドンドンおもしろい人と出会っておもしろい仕事してるんだなぁ・・・と、ものすご~~~~~~~~~く反省したし、めちゃめちゃやる気が出た。

2015年10月14日水曜日

なんでオレは英語が出来ないんだ?
英語ができれば楽しいことがいっぱいある。
つながりも数倍に、仕事のチャンスも数倍に増えるのに、全然できない。

でも、むかしオランダで迷子になってほうほうの体でホテルに着いた時、「いや~迷子になっちゃって一晩中歩いたからめちゃくちゃ疲れたよ!!!」ってホテルの人に英語でべらべら~って話しだしたり、去年末に京都の村屋で出会った韓国人のグループと話した時も、途中から突然英語がわかるようになって話せるようになった事もあった。

つまりは使わなければいけないその臨界点を超えたら勝手に使えるようになる、ってことだから、普段から勉強しておけ、ってことか。

2015年10月12日月曜日

最近、とりあえず何かあったらすぐココを見る

パークハウス南平台コートレジデンス


いいな~~この家。。。
特に地下の倉庫がついてるのがおもしろい。。。
ここだったら撮影したり大きい何かを作ったり色々遊べるな~。。
1億8800万円か~宝くじ当たったら買おう。いやでも管理費と修繕積立金で月に12万くらいいるのかよ、これを60年間払うとしたらまた1億くらいかかるとして、、、

って感じでずーーーっと妄想するのですよ。


んでまあこんな感じで集中力が全然無いのでなんとか集中力を出す方法を早急に見つけなければならない。ランニングや筋トレってめんどくさいししんどいけど習慣になってしまえばやりたくてしょうがなくなった経験があって、それと同じでなんとかして集中するのを習慣にするなど。
そのとっかかり、まぁ無理やりやるしかないのかなぁ。
そろそろアカン。
やっぱ絶対スマホがアカンで。それとネットもあかん

あと、仕事で最近多いのは、ギリギリになるまで手がつけられなくて、それで時間が足りなくなるっていうので、「あと3日あれば・・・!!」みたいなことばっかりだから、その、あと3日あればもっとよくできる、っていう状況をちゃんと3日前に作れるようにしたい。
計画をたてる。

あとは、バカっぽく言えば『根性』が重要だと思ってるんだけど、『根性』を解きほぐすとつまり集中力体力で、体力も付けないとすぐ疲れちゃってなかなか作業ができない。病気とかになってもやる気でない。これはプールに通うしか無い。(しかも適度に運動したら集中力も上がる的なことをどっかで読んだ気もする。)

集中力のなぞ
めんどくさいという気持ちがなぜ起こるのか。
考えつつ。

2015年10月10日土曜日

俺は映像の仕事をやってるけど求めてるものがちっともできないからマジで才能無い。
才能というのを定義すると、作ること形にすること、そんでそうやって作ってきた作品のこと、ということは言える。定義というか、才能の有り無しのわかりやすい証明となる。
ずっとやってるのにろくに形にしてきてない人はつまり才能が無いということで、売れてる人は売れてない頃からずっと作りまくってるということ。

ちなみにオレは映像の才能はそんなに無いのだがそれでもずっとちょこちょこ作ってはいるので才能ゼロってわけでは無いし、ENGAWAを作ったのでほんと天才だ。才能なんかなくてもオレ天才だった!!これからも天才として生きていくよ。(な?色々言ってきて、結果自画自賛がすごいっしょ?!!!!!あんな、心が疲れてんだよ!!!!!)



ちなみに上の文章は最初ほとんどの文が、◯◯だと思う、◯◯と思っている、みたいに「思う」でおわっていてバカっぽかったので全部消してみたらとってもすっきりした。そもそも自分の日記なので、全部自分が思ったことなんだから”思う”っていちいち描かなくていい。”◯◯の感じ”の”感じ”とかもやめてみた。



あと40インチ4Kモニタも色々物色中。候補を2つくらいに絞ったのだが、、、グラボが4k 60hzに対応してないのでなんとか対処方を見つけないといけない。買い直すか、昔の使ってたグラボに差し替えたらディスプレイポートが使えるので60hzがいける、けどなぁ・・・。買い直したほうがいっか。

2015年10月9日金曜日

ようやく集中力が出てきた。
そしたら、
モニタ欲しくなってきた。
しかも、今欲しいのは、40インチ4Kというすごいバカっぽいヤツ!!!!
仕事道具はケチったらダメなので買ったほうがいいのだけど、、、もっとちゃんとしたのを買ったほうがいいのかなーとか。
ま、今使ってるのが3万円とかのクソモニターなので、買い換えてもいいかと思う。迷うつっても7万ちょいとかなので、プロ用には程遠い格安モニタなんだろうしハードルは低いはずだけど。

  • 迷う理由が値段なら買え、買う理由が値段ならやめとけ
  • ビジネスがらみで迷ったら絶対に買え、嗜好品は1回でも迷ったら絶対買うな

という参考になる言葉もありますし。。。
それにしてもいつになったら20万円とかするモニタとか買おうという気になるんだろうか!20万のモニタは迷うところまでも行かない!!!俺なんかまだまだそのレベルってことですね。
しかもそろそろPC本体も買い換えたい気もする。もう5年以上使ってんじゃねぇか?
ノートパソコンも一台バカになっちゃったし。。。

2015年10月8日木曜日

坂本渉太がタイで買ってきたお土産を8名様にプレゼント!!


どしどし応募待ってるぜ!!!!!

2015年10月7日水曜日

なぜ京都を嫌いになったのかをずっと考えている。

自分の京都時代をまとめると、
初期:大学入りたて~20才くらいまでの時期。
中期:ロックバンドをいくつかやったりしていた時期。
後期:ヘグシオでブリッジに出たりするようになってから以降。
に分けられる。


昔、京大の吉田寮ってところでみんなでライブイベントをやろうってことになってなんやかんや考えたり準備したりしてて、ステージセットを組んだりしてついに前日にみんなのリハまでしたのに、結局クレームがきて対処出来なくて中止になった、っていうのがあった。

その時俺がやろうと思ってたライブは、それまでずっと1人で作ってた曲を流してワ~ッって踊ったりそれに合わせて機材をいじろうかなっていうもので、リハも当然そのスタイルでやったら友達から「え、これだけ?」みたいな困惑の声が漏れていたのが面白かった。今だったら、オケを鳴らしてその上で何かするっていうライブなんて普通だけど、その時は、周りのみんながやってたのは”ロック”で、打ち込みをやってたヤツなんて1人もいなかったから、曲を流して合わせてパフォーマンスするDJ的なライブの発想が理解できず、単に曲を流しているだけ、と映ったようだ。
ライブでやるつもりだったのは、ロングピースという曲で、電気グルーヴの虹みたいな感じのテクノで、作った当時は19才だった。15年前だ。。。曲はどっかにいっちゃって、もうない。聞きてぇ~~・・・。

18~9才の頃、テクノみたいな曲をいっぱい作っててテープに録音したりしてて、どの曲も最高だと思ってた。まさに井の中の蛙大海を知らず、だけど、でも友達でそういう音楽を作っている人は誰もいなくて、全員ロックしかやっていなかった。トキワ荘とまではいかなくても、同じ趣味の同士が誰もいなくて、結局俺もロックをやるようになっていった。ドラムが叩けたので。

この辺から京都時代の中期に入っていく。

ロックバンドを2つほどやった。
(この時代はサラッと書くのが難しいので飛ばします。後日また書くが、とにかくこの頃のことを思い出すと本当に虚しい。)

んで後期。
その後ヘグシオを始めたけど、やっぱり京都では誰もほめてくれなくて、でも、森くんが大阪の新世界ブリッジというところにライブを見に行ったら面白かったからそこにテープ送ってみようと言ったのでみんなで録音して送ったらライブに誘ってもらえて、オレはそこではじめてバンドのやり甲斐を知ったのだった。いいと言って貰える嬉しさも、おもしろいミュージシャンがいっぱいる楽しさや刺激も京都には無かったし、”バンドの居場所”みたいなのもできた。自分たちもできるだけ毎回ライブで新曲をやろうと思って頑張ったりした。

大阪でバンド活動ができるようになったことは人生の転機になったと思う。まさに新世界だ。
その後ヘグシオが無くなって、映像をメインで作るようになった。18才のころは、1人でテクノを作っていた。自分を天才だとしか思ってなくてバカだけどまっすぐだったから、そっちの方がいい。京都の嫉妬と抑圧に数年間晒され続けて随分捻じくれ曲がったと思うが、その後ひとりぼっちで映像を作り、大阪の友達のMVを作ることによってなんとか元に戻っていったと思う。




2015年10月4日日曜日

ついさっき、とある訃報がきて、すごく悲しくて切なくて悔しいやりきれない気持ちでいっぱいだ。ほんとうに信じられない。突然すぎた。心からご冥福をお祈りします。