2010年4月6日火曜日

DDD



なんとなく、今年の1月1日から日記を読み返してみたら、2月、3月とほんまにだんだんおかしくなっていってておもしろかった。いまだにそのおかしくなってもーてんの引きずってるしね。でもまぁ記録してるからいいねん。日々自分の思ってることを書き連ねていって、あの時おれって何してたっけ?みたいな。



 ぼくの一番大切なもの────
 それは、'79年の6月から8か月間だけつけた、900円のノートの日記帳です。
 ある作家の出版した日記を読んで「いいなあ」と思って、つけはじめました。
 今、自分の日記を読みかえすと…これが、おもしろくって、感動して、涙まで出てくるのです。
 過去の自分がいる…過去の友人たちがそこにいる…。その感動なのでしょう…。




ジョジョ4巻の荒木飛呂彦の巻頭コメント



DJmix作るのでダンスミュージクずっと聞いていると、踊るのって何なのかなーと思ってくる・・・ってまぁ本当こういう風に考えこんでしまうのって、俺はそういう性格なんやろなー。(モテない感じめちゃするよな。)でも、感覚だけで、楽しかったらええねん!とか、おもろかったええねん!好きやねん!ですましてまうのはもう飽きてるねんな~(でもそっちの方がモテそう・・・)。それになんでも一人でこどくにやってるから、その場のノリとかそういう感じでもないし・・・。だからライブとかするのもダメになってきてるんかな。あーあ、それでロックみたいな見た目の爆発感に一歩譲ってる感があるのかね。でも俺は映像で感情爆発させてるよ。作ってるときめっちゃ笑ったり盛り上がったり色々してるも~ん。ライブじゃないからその瞬間は共有できなくて俺的にさみしいかもしれないけど、作ったのみて、みんながめっちゃ盛り上がったらそんでおれが最強やわ。だからまぁめっちゃがんばらなやばいけど。
ほんで踊るってことやねんけど、昔バンドやってた時は踊るってことを、自分は自分の皮の外に1mmたりとも出られないけど、そっから脱出しようとすることなんかなー、とか思ってて、もう音楽じゃなくてダンスやな!って思ったことがあったけど、チョイ前にコンテンポラリーダンスのワークショップに参加したら、めちゃ技術と度胸、つまり音楽のライブとまったく一緒の感じやって、こいつは俺向きじゃないとちょっと思って、自分をさらけ出すのは映像くらいがいいなと思ってて、ダンスが宇宙とか人間とかと関係してることを実感したりする前にダンスもういいや・・・ってあきらめてもうた。表現としてのダンスはともかく、まぁクラブとかでの音楽にのって踊るのは、あれはお祭りのトランス感ってことでいいのかな。その説はめちゃ単純で全然おもんないから、またモテ論みたいに飛躍させていきたい。いろんな人の色んな意見を聞きたいな。
定義することが人生やね。自分で宇宙の意味を見出して、生きにくい世の中をおもしろく見ていくくらいしかないでしょ・・・?ウダウダやってっけど、ぼくは。





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