2009年9月22日火曜日

ケツだけ星人は、最高におもしろいギャグだ




あのよ~、クレヨンしんちゃんの作者の人が事故で死んだけど、クレヨンしんちゃんは死んでないから、結局違う形で作者の臼井さんの生命は続いてるんじゃないんかな?





って書いてたら泣きそうになった。





子供を産んだり、モノを作ったりするってことが、輪廻とか生まれ変わりとか、世界を作っていくことの意味かもしらんと思った。それは世間と繋がっていくっていう横の軸と、時代とつながっていく縦の軸で、時間を越える、4次元ってこと?生きることは4次元ってこと?


違うか。





俺は本があんま読めなくて、基本は司馬遼太郎だけしか読まないんやけど、司馬さんの本もボチボチ読んでるけど、まだまだ読んでないのが一杯ある。死んで10年以上経つけど自分の中では、まだまだ新作を発表していて、全然終わってはいないことになる。だから死んでても全然まだまだおもしろい。クレヨンしんちゃんも、マンガはもう無理でも、多分アニメや映画はこれまでのように続いていくだろうし、最近手塚治虫の火の鳥を読み返したら(40年前の作品!)、やっぱり全然おもしろすぎたし、人間の命が終わっても生命、というか意思とかそういう思考は全然残り続けるやろ?





だって、世界、ってゆうか、宇宙は質量保存の法則やから、生まれて死んで宇宙的にはプラマイゼロのトントンで、単にそれだけの事。でも、死んで灰になったとしても、生きてる時の思考や意志には質量が無いから、どんどん考えてどんどん喋ったり作ったりするだけドンドン宇宙を超えて、時間や命を越えてつながっていって、ドンドンおもろいことになっていく、と思う。それも生きるってことなのかもしれない。人間としての人生、命は終わったけど、違う形でまた生きる、みたいな。火の鳥のコスモゾーンみたいなさ。








なんにせよ、けっこう悲しい気分になってきた。


最近、きよしろうとかマイケルジャクソンとか死んで、みんな悲しんでたけど、俺はなんか今回に限って、すこし悲しい気分になってる。クレヨンしんちゃんの作者のことなんか考えたことないのに。


やっぱりしんのすけっていうキャラが好きなせいだと思う。








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映画はまぁまぁ見るけど、見たらすぐ内容を忘れてしまう。記憶力が悪い。あと、俺の頭脳が、基本的に物事を表面的にしか見れないので、映画の内容を掘り下げたりできない。




よっていつまでたっても映画好きっぽくならない。





音楽もそんな感じだから、『本当にイイもの』みたいなのが全然イイって思えない。だからいつまでたっても音楽好きみたいになれない。





表現活動もそうです。いつまでたってもミュージシャンとかアーティストっぽくなれない。





一番何っぽいかというと、学生っぽいといったところだろうか。





社会のゴミですね。





全部中途半端な思考や。





焦ってきた・・・














普段考えてることなんて、




携帯代って高くない?5000円とか絶対絶対絶対絶対絶対ぼったくりや!安いプランに変えても通話料が高いから結局5000円くらいになる。何か無いかな。





とか、


ipod touch持ってるけど何の役に立たないんですけど!?








とかそんなもん。





世の中って、いくら方程式を知ってても答えは出ないよね~。てゆうか、答えはおろか問いすらわからない。じゃあ、問いを作るのは誰なの?







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