2008年6月26日木曜日

バカならバカなりに工夫しろ。それが私の生きる道。



(2008/06/26)


おはようございます

アニメ=ザコキャラ→顔のパターン、服(職業)のパターン。

太陽の塔をみんなは褒めるというか好きなのでその反発もあって、岡本太郎嫌いだと思っていた。 大体太陽の塔とかああゆうでかかったり意味不明なオブジェは何のためにあるのかが全く理解できなかったから。 しかし和歌山でマンションにペンキを塗っているときにハッと気づいた。 太陽の塔とかああゆうのが何のためにあるのかというと、あれは精神的な拠り所、支えのためにあるんやなー。 それがあると安心できたり、それを見てホッとしたり、そういうことのためにああゆう意味不明なオブジェは、ひいては芸術はあるんじゃないんかな~と思ったのだ。 なぜそんなことを思ったのかというと、マンションの外壁を塗っていたときのことだ。

そのマンションは6階建てで、6階といえど高さは数十メートルあるし、そんな高所で手すりに乗ってペンキを塗っていると落ちたら死ぬから結構怖くて、 そんな中、屋上からぶら下がっている1本のロープ(命綱)だったり自分たちで組んだ足場だったりていうのは事故防止用なのにあんまり意味が無いのだけどそこにあるだけで心の支えになっていた。 命綱があったり足場があったりしてもミスればどっちみちほぼ終わりという状況なのだけど、そういう心の拠り所があるだけでストレスも減るし気持ち的に作業がはかどるのだった。 「あぁ足場があるだけで気持ちがずいぶん楽だな」と思ったときに、「もしかして太陽の塔もそういうことなんじゃないのかな。」と思った。 意味の無いものがなぜか心の負担を少しおまけしてへらしてくれるみたいな。 まぁいっかどうでも。つまんねえ

出来ることが増えてくれば新しいパターンを生み出しやすくなる。 だけど結局それは既存のものの組み合わせに過ぎないのかな?まぁいいかそんなことどうでもいいすね。

どこに行ってもちょっと変わったヤツみたいな扱いをされるのは、 自分がそうして欲しいがためにそう振舞っているからなのか。 という疑問に対しては、9割方その通りだと言うほかない。 つまらねーやつと思われるよりはおもしろいと思われたいに決まっているし、 ありきたりなヤツと思われるよりは変わったやつだと思われたいと心が願っている。 ただ一方でじぶんがそんな変わったヤツだったりちょっと才能を感じるようなヤツでは無いということは自分も解っている。 冷静に考えてみれば会話などでも雰囲気おもろいみたいなことを言うのは簡単だけど、 根本的に面白いということは全く言ってない。 残念だなーとは思うけど、別に悩んでいるわけでもない。

とにかく葛藤することっていうのはそれは選択肢を増やすということでもある。





0 件のコメント:

コメントを投稿