2007年12月30日日曜日

07



(2007/12/30)


オールザッツ、ジャルジャルとモンスターエンジンとなかやまきんに君が面白かった。
もう2007年も終わりやな~。
来年はちゃんとするぞ!


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2007年12月28日金曜日

透明コーラ4



(2007/12/28)


つづき

その後、10日間の停学をくらい家で般若心経を100巻も書かされる、等の活動を経つつ、俺も高3になった。

清風高校は俺たち中学から入った六ヵ年、高校から入った理数科と普通科、の三つのくくりがあり、 そしてそのくくりの中でまた成績順にクラスが分けられる。 高3になるとさらに志望校別にクラスが分けられる。 理系か文系か、国立志望か私立志望かで勉強する科目が違ってくるからだ。 俺は国立文系を志望したのだが、 国立志望のクラスは成績のいいやつだけを集めたクラスなので、 もちろん俺はそのクラスに入れないと先生に言われた。
しかし俺みたいに成績が悪いくせに国立を志望する六ヵ年のバカが他にも何人かいて、 また、普通科は基本的に全クラス私立コースなのだが、その中でも成績がよくて国立を目指す奴らも何人かいて、 なぜかその年だけ実験的にそいつらを集めた六ヵ年と普通科が合体した中途半端な、いわば二軍のようなクラスが出来た。 他のクラスは40人以上いるのに俺らのクラスは28人しかいなかった。 授業は、一軍クラスを教えるのは予備校でバリバリやってそうな厳しい本格的な先生ばっかりだが、 こっちの二軍クラスは「ボクはねぇ髪の毛を緑色に染めてみたいんだよー。」とかアホなことを言う先生がいるし、 一軍クラスの教室の壁には『東大 京大 絶対 合格!』と張り紙がしてあるのに、こっちの教室の壁には 俺がふざけてブンブン回していたカバンが当たって開いた穴があるだけだったが、とにかく俺たちのクラスのなんか中途半端な感じが俺は気に入っていた。

ある日、普通科からきたヤツらとおしゃべりしていると、 普通科のヤツら同士の会話にある聞き覚えのある名前が出てきた。もしかして、と思い、 「え、そいつってこうこうこういうやつ?」と聞くと、 「そうそう、そいつ。坂本のことも言ってたで。俺の舎弟やって言ってたで。」

二宮だ。二宮は清風高校に入学していたのだ。六ヵ年と理数科普通科とでは校舎じたいが違うからほとんど交流がないので、俺は全然知らなかった。 それにしても、俺が二宮の舎弟だなんて、アイツもまったく変わってないなと懐かしい気持ちになった。

次の日の全校朝礼の時、俺はちゃっかり二宮を発見した。 「オイ二宮!」 「お、おぉ!」 「誰が舎弟やって!?」とヘッドロックをかましてやった。 それ以来たまに二宮に会った。

二宮と一度だけ長く話しをしたことがあった。俺はそのころ松本人志にかぶれていたので、 将来なにかおもろいことがやりたい、おもんないおっさんに評価されるばっかりの社会はもういやだ、とかなんとか言うと、 二宮はよく分からない顔をして、 「そうか、俺は志望校は関学や。」 と言っていた。

それ以来二宮とは会っていない。


おわり


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2007年12月25日火曜日

じょじょ



(2007/12/25)





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2007年12月23日日曜日

おん



(2007/12/23)


M-1見た。笑い飯がおもんなさ過ぎて番組通しておもんない雰囲気になってたな。


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2007年12月20日木曜日

透明コーラ3



(2007/12/20)


つづき
清風中学に入学して2年くらい過ぎ、俺は中3になった。
世間一般の中3といえば、部活だ受験だ色々あるだろうが、俺たちはエスカレーター式の男子校で、 受験の必要もなく、ただ毎日のんびりと授業中にマンガを読みやたらと腹が減っているだけの単なる成長期の少年だった。

ある土曜日に俺は友達何人かとハイハイタウンの地下にあったカツ丼屋に行った。 俺はその店のバイトの女の人をひそかに気に入っていて、というのも、 その人が丼を客に持っていってカウンターにもどり水をグラスに注いで飲んだときに、 「フーおいしい。」とぼそっと言ったのが猛烈に素敵だったのだ。 とにかくそのカツ丼屋でベラベラ喋りながら俺たちはカツ丼を食っていた。 その店にはカウンター席とテーブル席があり、俺たちはテーブル席に座っていたのだけど、 ふとカウンター席を見るとなにやら見覚えのあるヤツが一人でカツ丼を食っていた。 それがなんと二宮だったのだ。

小学生の頃に俺たちと同じ塾に通っていたヤツからの情報によると、 二宮は明星中学の入試には失敗し、 その直後に榛原から上本町に引っ越したらしく 日本橋へ向かうとちゅうの坂をチャリで走ってるのを見かけたことがある、と聞いていたのだけど、 まさか再会するとは思わなかった。 向こうは俺に気づいていなかったのでおれは声をかけた。 「オイ!二宮やんけ!」 すると二宮はくるっとこっちを向いた。 そして俺を指差して一言、「おまえなぁ、今に見とけよ!」 とだけ言って店を出て行った。 小学生の頃から変わったやつだったで意味の分からないことはたまに言ってたけど、そのときも俺はその言葉の意味が分からなかった。

その後二宮と会うことも思い出すこともなく、 俺は高校生になった。 俺はクラスの中心グループからすこしずつ外れていき、趣味が似ているやつらと一緒に マンガや音楽や献血に興味津々で、あいかわらず毎日だらだらと高校生活を送っていた。

高1のとき席が近くでよく喋るようになったヤツは少しおかしなやつで、黒魔術とか戦争論とかそういう変わった本ばっかり読んでて、 半分登校拒否、学校に来たとしても5時間目か6時間目、テストも全部白紙で、変なヤツだと言う認識はみんなもっていたけど喋ってみるとわりといいやつだった。 しかし俺はあるときそいつと些細なことで喧嘩になり、俺は両端に乾電池がついた細いギターの弦みたいなヤツオリジナルの武器で首を絞められ、 むかついたので殴った。その後担任のやつに生活指導室に呼ばれなんでケンカになったんやと聞かれて、俺はこうこうこうです、と答えたのだけど、 そいつは何を聞かれても「答える必要はありません。」としか言わなかった。担任はキレて散々暴れまくった挙げ句、解決策に俺たちを握手させてこのケンカを終わらせようとしていた。 俺たちは握手することなくその場を去り、それ以来そいつとの関係はギクシャクのまま、 相変わらず半分登校拒否、学校に来たとしても5時間目か6時間目、 そいつは当然留年し、一学年下になり、しばらくしたころに学校をやめた。 噂によるとヤツは学校をやめてからもちょくちょく制服姿で上本町近辺のゲーセンに現れていたそうだが、 その後三重県の山奥にある日生第二という全寮制の監獄みたいな学校に入学し、俺が大学1年生になった年にそこで自殺した。

高2のときの文化祭で隣のクラスのヤツがバンドを組みボンジョビかなんかのコピーで 体育館のステージで演奏しているのを見た時、俺と桐吉は バンドを組もうと提案した。
そして次の週に俺は桐吉と一緒に心斎橋のイシバシ楽器店にベースを買いに行った。 ギターやボーカルは全員桐吉が選んで連れてきた。 ギター1の丸山は生まれたときからの何かで頬にでかい傷があり、ギター2の大石は何かの賞に入選するほど絵がうまくて、 ボーカルの一人は模型動画部(オタク系の部活)の宇田というヤツで手が常にプルプル震えていてそのことを本人に聞くと、曰く脳の神経がちょっとつながってないトコがあるとのこと。 もう一人のボーカルは授業中は常に寝ていて、後に同志社を受験するも4年連続で不合格だった新原で、ちなみに童貞を捨てた相手が乱交パーティーで出会った人妻だ。 こんな素敵な人たちをわざわざ選んでくるあたり、桐吉はさすがだと言う他ない。 メンバーも集まり、俺はヌンチャクの曲を耳コピしてオリジナルの楽譜を書いてみんなに渡して、じゃあ土曜日にスタジオ行こうやと日本橋の文楽の裏にある スタジオfというところでよく練習した。練習がなけりゃあ献血に行って無料のジュースをガブガブ飲んでお菓子をむさぼり食って、 さらにそのお菓子をポケットにパンパンにつめて、桜川にある大石の家に行き、 俺が録音したギャーとかピーとかのゴミな音楽をみんなに聞かせ、おもろい、とか言っていた。
今思い出してもまったくもってしょうもない毎日だ。

そしてそろそろまた二宮が出てくる。

つづく


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2007年12月19日水曜日

透明コーラ2



(2007/12/19)


クリップあとふたふんばりほど。ガンバレおれ!

前回のつづき。
浜学園には名張から上本町まで1時間電車に乗って通っていたのだけど、 同じ塾に通ってる榛原から乗ってきて、行きも帰りもいつも俺と同じ電車で、お互い顔は知っていたけど クラスは違うし喋ったことがなかったけど、あるときなぜかどっちからというわけでもなく話しかけて 仲良くなった奴がいた。二宮という名前だった。

二宮とは行きも帰りも電車が一緒だったので自然とかなり仲良くなって、 帰りの電車とかではいつも遊んでいた。もう一人五位堂のやつと三人で、電車の中でカップラーメンを食べ、チェリオのジュースを飲み、 二宮はいつも水筒を持ってたのでそれを取り上げてダッシュで逃げて隠したり、 二宮は榛原で降りるとき絶対にホームの階段の一番近いドアから誰よりも先に出たいから 榛原駅に着く5分くらい前からそのドアの前を陣取って動かないので、 ある日いつものようにドアの前に陣取った二宮に唾をベローンってつけて少し離れたら、 二宮は仕返ししたいけど陣取ってるからその場を離れられへんくてどうしようもなくなって、 「お前今度堅い鉄棒で殴るからな!」と言った。

二宮はたまに「ぼくはお母さんのつくるさくらでんぶと錦糸卵のお弁当が一番好きだな。」という 全く意味の分からない変な物まねをする変わったやつだったのだが、 ちなみに二宮のお母さんもちょっと変なヤツで、たまたま二宮がお母さんと一緒に電車に乗って 俺の隣の席に座ってきて、しばらくしたら、そのお母んがカバンからおもむろにライチを出し、 二宮と二人で食い始めた。お母んは俺にも一個勧めてくれて、食べていると、 お母んは二宮の好きな食べ物の話をしてきた。「この子はライチが大好きなのよ。」 俺は若干とまどいつつも「へぇー」と聞いていたら、延々と自分の息子の好物について俺に話し始めたのだった。

またあるとき、いつものように塾からの帰り、いつもの21:20発の快速急行にのっていると、 (俺はそのころはお父んも上本町に事務所があったので大体毎回一緒に帰っていた) どっかの駅で人身事故があって、電車が榛原でストップしたことがあった。 ほんで榛原で降りるはめになったんやけど、近鉄が榛原から臨時バスを出すということでそれを待つことになったのだが、 待ち時間は1時間とか。 そこに、二宮とそのお母んが現れて、なんと、「もしなんでしたら車で名張まで送りましょうか?」と言ってくれたのだ。 俺とおとんはその好意に甘えることにした。 が、車を走らせて10分くらいすると急に二宮のババァが、 「道中暗いし知らない道は怖いわぁ・・」とかなんだかんだもう送ってあげるの嫌や的なグチを言い始めたのだ。 その瞬間にお父んが 「あ、ほないいですわここで降ろしてください」と言って、 榛原らへんのわけわからんとこで降りることになった。

真冬で寒い中、真っ暗な道端で俺とおとんは 公衆電話を探してお母んに電話して迎えに来てもらった。 車を待っている間に臨時バスは何台も通り過ぎていき、駅で待っていればそれに乗って帰れてたのに、 二宮のババァの中途半端な親切のおかげで…。 なにより、おとんが「ほな降ろしてください」と言ったときの二宮のババァのあの 「あ、いいんですかすいませんねぇ」ってめっちゃほっとしたような、うれしそうな、ラッキー!みたいな顔が、 俺とおとんをとても嫌な気持ちにさせた。

その後 俺は清風中学を受験し、ちなみにヤツは明星中学を受験したらしいが、 ともかく入試が終われば、塾に行く必要もなくなり、二宮とも会うこともなくなった。 俺は試験に合格し、晴れて新たなステップを歩み始めたのだ。

しかし俺と二宮の縁は完全に切れたわけではなかった。

つづく


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2007年12月18日火曜日

透明コーラ



(2007/12/18)


子供の頃に流行ったギャグ

「表へ出ろ」
(幼稚園のときに1日だけ流行ったギャグ)

「左とん平」
(何を言われてもこれで言い返すギャグ)

「ハイウソ」
(何を言われてもこれで言い返すギャグ)

「界王拳十倍や」
(いじめられっ子がたまに言ってたギャグ)

「堅い鉄棒で殴るぞ」
(いじられキャラのやつがたまに言ってたギャグ)



かたい鉄棒でなぐるぞは好きだったな~。

小学5年生から俺は名張から上本町まで近鉄電車に乗って浜学園に通い始めた。 その頃も今と同じく、照れ屋の人見知りで、教室でも一人ポツンと、 なんならちょいおちょくられる系の静かな少年だったさ。 靴下を履いていかなかったら、クラスの中心グループの奴らに「裸足やん!」みたいなおちょくられたり、 筆箱を取り上げられてキャッチボールされたり…。 アレ?いじめられてる? でもそんな俺がそのクラスで下克上を果たすのもそう遠くはなかった。 そうあれはわすれもしない国語の授業のときだった。俳句についての授業だった。 その日も俺はおとなしく授業を聞いていた。 すると先生が 「はいじゃあ俳句に一番重要なものはなんでしょう?」 と生徒たちに問題を出した。ハイハイ季語やろ?って俺はわかっていたけど答えるはずもない。 生徒たちはガヤガヤとよくわからない感じ。 そこで何を思ったか俺はハイ!と勢いよく手を挙げ答えた。 「ひっしゃ!」 何のひねりもないただの間違いだ。なぜわざと間違えたんだ? しかしどうだろう。クラスのみんなはなぜか爆笑しているではないか。 そしてそこから俺はボケた答えを連発し、クラス中を巻き込みボケ合戦を展開したのだ。 それは1分か2分のとても短い時間だったけど、 その瞬間から俺は靴下を履いていなくてもおちょくられなくなり筆箱でキャッチボールをされなくなり、 クラスの中心グループの奴らも俺のトコに話しに来るようになったのだ!

つづく


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2007年12月17日月曜日

がっく



(2007/12/17)


クリップ先が見えてきた。あとひとふたみふんばりだ。とにかく曲を聞きまくってイメージを膨らませる。 もう既に200回は聞いたと思う。 いいのができそう。 今まで自分の曲にしか作ったことがなかったけど、人の曲で作るというのはこれまた妥協が出来ないのでスリル。 アフターエフェクツのペイントツールおもしろい。これは使える。使った。

こんな映像作りたいな天才やな。
http://www.youtube.com/watch?v=CBgf2ZxIDZk
http://www.youtube.com/watch?v=cUueEVXw7ec

M-1笑い飯決勝出れてよかったなと思った。ファンだから。ダイアンも楽しみ。ダイアン津田の鈴木雅之の物まねは最高に面白い。 あとトータルテンボスも千鳥もポイズンガールバンドも楽しみ。キングコングっておもしろいんかな? それにしても寒いな。寒いから飯を買いに行く気もなくなるし、風呂にも便所にも行きたくない。 だけどそれじゃ人としての尊厳が失われていく気がするのでだめだ。 バガボンドはちょっと集めたりして最新巻が出たら買ってたんやけど、前の巻を読んだときに、もうこれは買わなくてもいいなと思って、 最近出た27巻も読んでなかったんやけど、買わないけど読んでみた。 やっぱし全然おもんない! ヒットしまくってるけど、それはおもろいのとは違うというか、バガボンドに関しては露骨に作品に飲まれすぎてるかんじ。 井上雄彦なんて日本で一番くらいにマンガの絵がうまいし、めちゃ追求してそうなんやけど、 読者を満足させるのはほんま難しいことなんやろなと思った。 うーん凄い。


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2007年12月16日日曜日

ぱわん



(2007/12/16)


あと1週間でクリップ完成させな!焦ってきたわ…。でも焦ったらアイデアが凍るのでアカン。 モーションブラーやったらおもろい。動きがかっこよくなってそれっぽくなるもん。でも動作がかなり重くなるし、やりすぎたら全部ボケてしまってようわからんことになる。 前の面接に行った会社で見習い的に二回目に行ったときに、初回に聞いてた待遇と全然違うことを言われたときは、 ほんまに心がスーって凍り付いていったのを覚えてるわ。 なかなか言えないけどこっちも本音で行かないとあかんねんな~。俺は相変わらず社会を甘く見ている。 まぁなんとかなるでしょ。今はこれまでになく将来のことを計画だてているので、あまり不安はない。 目先の金にはちょっと困るけれども。とにかく今はチャンスだと思って乗り切るしかなし!


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2007年12月15日土曜日

ふる



(2007/12/15)


船場吉兆のやつおもしろいな。前にちらっと見たときも社長かなんかあの息子、 話し方とか目線がヤバイ感じやなとおもったんやけど、 あのおかんの小声の指示とかもうもろに見たくないもんを見させられる感じというか、でも怖いもの見たさで見てしまう、醜い感じ。 食品関係のバイトなり仕事なりしたことがあったら食品の賞味期限の偽装なり産地偽装とか原材料とかそういった類のことは多分常識的な風景やんな。


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2007年12月14日金曜日

なにがる



(2007/12/14)


映像いい感じで進めれてる。クリスマスっぽくするつもりやったけど、違う感じになってきた。キキララみたいなファンシー動画にしたい。クリスマスまでには完成させる! コツは気分転換と飯を食うこと。でも一番大切なのは自分に敏感になることか。1%のアイデアが一番重要だから。努力なんてものはバカに与えられた夢。 もっと映画やマンガや小説やテレビやラジオ。 手をのばせばすぐ作れる。超あり得る。


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2007年12月13日木曜日

なにが



(2007/12/13)


前から『半島を出よ』を読んでみたかったんやけど、文庫ではまだ売ってないぽくて見当たらなくて、ハードカバーだと1800円もするから買いたくなかったんやけど、 ブックオフで1000円で、高いなー売れてそうなんやし300円くらいで売ってると思ってたのに、けどその時にどうしても読みたくなって買った。
いまのとこかなりおもしろい。
一緒に竹中半兵衛の小説も買った。いつか『ハン・ベー』という、戦国時代を最低のスケールで描いたマンガを描こうと思って、その資料のため。
あとは今はまた『坂の上の雲』を読んでいる。司馬遼太郎で一番いい小説やと思う。長いからずっと読めるし。
それの正岡子規流れで夏目漱石を読もうと思って青空文庫でさがしたら高校のときに読書感想文だか書かされた『こころ』があったのでもう一回読んでみたらやっぱり暗かった。おもわず俺も死んじゃおっかなって思ったもん。 他のも読んでみよう。大量にあるので有名なやつで暗くないやつから。

今はとあるPVを作っていて、2週ほど前に3ヶ月くらい考えていたアイデアを全部捨てて、そして2週間前アイデアがひらめいて、 とにかくそれを脳からどっかへ逃してはいけないとメモしまくったんやけど、3日ほど前からようやく作り始めたらちょっと違う方向性になってきた。 かわいいファンシーな感じです。 アイデアがひらめく時は、関係ないことをしているときが多い。 今まで見聞きしたものが消化されて自分のものになってて、電車に乗ってるときとか自転車に乗ってるときとかはいろんなことを思いつく。そういうときに、あぁ人生無駄なことはあんまりないなと思ったりする。 ゴミなモノでも有効に活用できるかできないかは本人しだいなのだ。


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2007年12月12日水曜日

なにが



(2007/12/12)


ようやく将来の方向性(といってもこの先1年もしくは3ヶ月くらいのことだけど)が決まってきた。 といっても頭の中だけでだけど。 色々やろけど、自分でステージを作って自分を披露していくしかない。
行動は4月から!
皇国の守護者おもしろかった。小説も読んでみたいな。


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2007年12月3日月曜日